独断的チェロ考

〜物理・ギター・チェロ〜

  1. 物理の知識とチェロとギター
  2. 弓の持ち方
  3. 調弦
  4. 左手第一ポジション
  5. 弓の技術
  6. ビブラート
  7. ポジション移動
  8. 親指ポジション

  1. 物理の知識とチェロとギター
     チェロに限らず、楽器を習得する上で物理の知識は役に立つ。少なくとも、それがあるのと無いのでは初期の立ち上がりに差があると経験的に感じる。
     例えば、弓を扱う場合にも、擦弦が弛張発振現象であることを理解していると、弓をどのように弦に当ててどのような圧力で動かせば音が出るかはおよそ見当が付く。また、調弦もフラジオレットを使った調弦は習わずに使えたし、フラジオレットもどうすれば良いかは判った。ただし、これはクラシックギターを弾いていた経験があるのも多いに効いているが。
     チェロだけでなく、フルートにしてもクラリネットにしてもトランペットにしても、その発音の物理現象としての原理を理解していると、初期段階での立ち上がりは明かに違う。小学校4年生の時(昭和31年)、担任の先生がクラスの生徒にトランペットに触らせてくれたことがあったが、クラスで音が出たのは筆者ともう一人だけだった。筆者はトランペットの発音原理が唇の振動であることを観察理解していたのでそれを実行したのだ。
     更に、チェロの弦の交換も特に教わることもなく弦の力学的な状態を考慮することにより行うことができる。また、ブリッジにどんな方向から力が掛っているかを考えれば、ブリッジが指板側に傾く理由も理解できその修正も自分でできる。
     チェロもギターも弦楽器だが、大きな違いはフレットのある/無しだと言われる。しかし、これは本質的な問題では無いように思う。ギターでも指板を見ずに正しくフレットに近い位置を押さえることができるようになる必要があり、それができるようになっていれば、チェロに移行しても正しい音程で指板を押さえることが可能だ。重要なのは正しい手の構えとフレットが無いことを補う聴覚の方だと思う。
     また、弓で弦を擦弦するときに、弦の駒寄りに当てると弓圧が必要だが、倍音を多く含む強い(あるいは刺激的な)音になり、指板寄りに当てる場合は弓圧を軽くしも音が出てかつ柔らかい音になることも物理的に理解できていた。弓圧を軽くすることは、弦の自由な振動を妨げないので音が出る限り軽くする方が柔らかい音がする。これは、ギターでも同様の弾き分けをしていたのでギターの経験も役に立っている。
  2. 弓の持ち方
     チェロを始めるに当たって、まず最初の関門は弓の持ち方だ。昨今、インターネットのお蔭で何かを始めるに当たって参考になる情報が溢れている。チェロに限らず、勉強をしようという意志がある限り、可成り専門的な知識もインターネットで得られる。インターネットを巧く利用するには、一つの事項について一つのサイトでなく複数のサイトを参照することだ。インターネットは玉石混交、宝もあるがゴミも毒さえもある。良いサイトそして、自分に合ったサイトを見つけるのがキーだ。
     筆者の場合も幾つかのサイトを見て自分に合った弓の持ち方を見つけることができた。その持ち方に慣れて後にチェロの先生に見てもらったが、弓の持ち方について何かを言われたことは無い。
     少し前に、テレビで長嶋一茂がチェロを練習していたが、弓の持ち方がいつまでたっても悪かった。プロが指導していたはずなのだが、恐らく、あまりまともだとテレビ映像的に面白くないのでプロデューサー辺りが矯正しないように指導者に言っていたのではないか。弓の持ち方が悪いと上達はほぼ望めない。
     弓は親指を中指と薬指の中間辺りに当てるのが力学的にも合理的だ。そして、ダウンボウの場合で言えば、最初に弓を当てた時に弓が乗っている空間直線に沿って弓を引く。その際、手の甲の方向も最初の方向を保ようにすると、弓先になった時に自然に弓先に圧力が掛る。弓先になったときに弓元での演奏と同じ圧力で弦を擦弦するには、テコの原理で弱まる分強い偶力を必要とするが、手の甲の角度を保つことによって自然にそれが実現できる。弓の持ち方を教えるときに、このことをちゃんと理解できるように教えることがキーポイントだがそのことを明確に伝えているチェロの指導者はどれだけいるのだろうか。

  3. 調弦
     チェロを練習し始めてまず問題になるのが調弦である。先生に習っている場合には先生に調弦して貰うということもあるが、筆者のように独習から始めた者にとって調弦は避けて通れない作業だ。
     調弦は、ピアノなどの正しい音程(のはず)の楽器に合わせる方法や音叉でA(ラ)の音を出してA弦(1弦)を起点として合わせる方法などがあるが、最近は電子チューナーが廉く入手できるのでそれを使う方法がある。ただ、ピアノで合わせるのは案外難しい。難しい原因は恐らく音色が違うのと音が持続しないということだと思われる。多くの初心者は電子チューナーを使うと思う。正確な調弦にはこれが一番だろう。ただ、こればかりに頼っているとちゃんと自分の出している音を聴く力が養えないと思う。その意味では音叉による方法が良いが、音叉の最大の欠点はは周波数を変えられないという点だ。楽器の調弦は時代や状況によって変るので、それに対応できない。
     筆者が良いと思うのは、電子チューナーで最初調弦し、毎日の練習前はフラジオレットによる微調整をする方法だ。ただし、微調整は可能ならばペグでやる方が良い。アジャスターでの微調整はやり易いがブリッジに近い分ブリッジへの影響が強くブリッジの変形などの原因になり易い。ペグで微調整するためにはペグが回しやすい必要があるが、筆者の場合自作のペグ回しを作ってそれを使っている。
     フラジオレットによる微調整で注意するべき点は、A弦を規準にするフラジオレットによる調弦をすると下の弦に行くにつれ平均律よりも僅かづつ低い音になることだ。これは、フラジオレットによる調弦は、A弦が221Hzとしてその1/2の波長の音(周波数は倍の442Hz)とD弦の1/3の波長の音(周波数では3倍の音)を同じにすることになるので、D弦は221Hzの2/3倍の147.33Hzになってしまう。ところが、平均律ではAを221Hzとすると、Dは147.50HzなのでDは平均律より僅かに低くなる。更に、このD弦に対してG弦は少し低くなり、C弦は更に低くなる。なのでフラジオレットで調弦する場合にはフラジオレットでA弦とD弦を等しくするのではなく、D弦を僅かに高く調弦する必要がある。この辺りの理解にも物理の知識が大いに役に立つ。ただし、この調弦をするには音程差に対するある程度敏感な聴覚が必要となる。
  4. 平均律
     1オクターブ(周波数が2倍の関係)を、周波数が2(1/12)倍になる音を半音上の音として周波数がどの半音階も等しくなるように12分した音階。これにより調の移行が非常に単純化される一方、和音が僅かに濁る。純正調ではドとソの周波数比は2:3なのだが平均律では2:2.996になる。

  5. 左手第一ポジション
     第一ポジションは親指の位置と手の形がキーだ。特に、小指(4の指)と人差し指(1の指)と親指の関係の形ができていることが重要だ。この形ができていると、その形で指板を掴む感覚を覚えれば自然にポジションが決まる。筆者の場合、クラシックギターをやっていたので指板を掴む感覚は非常に似ていて、第一ポジションの音階はすぐにできた。確か、チェロを手にした日だったと思う。すぐに簡単なメロディーを結構正確な音程でハ長調で弾けたのもギターをやっていたお蔭だと思う。
     左手に関して、初めは指板に印を付けてやっても良いという人もいるが、筆者の経験からするとむしろ最初は巧く音程がとれなくても「目をつむって出てくる音を注意深く聴いて弾く」練習をして早く指板のイメージを頭の中と体感に作ってしまう方が良いように思われる。重要なことは「自分の出している音を良く聴きながら音階練習をする」であって、視覚に頼ってはいけないということだ。

  6. 弓の技術
     弓の技術は深い。例えば、弓元、弓中、弓先で弓の毛の剛性が異なる(弓元と弓先は硬く、弓中は柔らかい)ので、弦に当てる力の調整は弓もとや弓先で細心の注意が必要だ。更に、弓元では少しの腕の圧力のかけ方が強く影響するし弓先では逆に掛けた圧力の効果が現れ難い。それらを均等にするのはなかなか難しい。
     移弦も難しい。筆者の場合、移弦する瞬間に音が止まる。スラーでスムーズに移弦するのはかなり注意しないと音が切れたり重なったりする。更に、跳躍のある移弦は難しい。[2弦4ポジションでラ→4弦4ポジションで1オクターブ下のラ→2弦4ポジションで元のラ]などの演奏は弦により適切な弓の圧力がかなり違うので、早いパセージの場合には特に難しくなる。こればっかりは何度も練習するしか無いような気がするのだが、皆さんどうしているのだろう。

  7. ビブラート
  8.  ビブラートは音に表情を付ける大きな要素だ。特に、チェロでは大きなビブラートが使われる。
     ビブラートはチェロだけでなく色々な楽器や声楽などでも使われる。しかし、ビブラートにも物理的に2種類あることを理解している人はあまり多くないように見受けられる。2種類とは振幅変調(AM)タイプと周波数変調(FM)タイプである。AMタイプのビブラートを使うのは主に管楽器である。吹き込む息の速度を変化させることにより音の強弱を変化させる。一方、FMタイプのビブラートはヴァイオリン族やギターなどの弦楽器で使う。では、人の声はどうかというと、所謂「声楽」(オペラやリート)などはAMタイプ。「演歌」はFMタイプを使う。ピアノやチェンバロなどはビブラートは機構上掛けられない。オルガンはメカニズムによりビブラートを掛けられる。マリンバもメカニズムによりビブラートを掛けられる。ただし、演奏中に自由にビブラートの速度を変えるというようなことはできない。
     話をチェロにもどすと、チェロはFMタイプでこれは左手の指板を押さえる位置を僅かに変えることにより、弦長を変え結果として周波数を変える。これは指板にギターのようなフレットが無いことでこのような操作が可能になる。ギターの場合にはフレットがあるので実質的な弦長を変えることはできないので、左手により弦の張力を変えて振動周波数を変えることでビブラートを掛ける。実はこのことが筆者のチェロにおけるビブラートに問題を生じさせている。
     筆者は大学時代からクラシックギターを弾いてきた。このことはチェロを始めるに当たってかなり役に立っていると言うことは以前にも書いたが、ビブラートに関しては役に立った部分と障害になる部分がある。
     チェロのビブラートの始めの練習として弦の上を弦と並行に指を滑らすことから始めるように説明しているものが多い。しかし、これは筆者にとってはあまり適切ではない。少なくともそのような腕や手の動きは既に身についているが実際のチェロのビブラートはむしろ弦の上を指を転がすような動き(特に大きなビブラートの場合)になる。もちろん、ギターのビブラートの場合にも自然と僅かながらそのような指の動きになるが、それは張力を変化させるための力の加え方の結果としてそうなるので積極的に弦長を変える動作としてのものではない。積極的に弦長を変えるには手首からビブラートに参加させなければならず、それには手首が柔らかく無ければならない。ギターでの張力を変えるタイプのビブラートのクセがついている筆者にはこれが難しい。手首や指先が硬いまま弦長を変えるようなビブラートを掛けると実際に指先が弦上滑って移動してしまう。転がすような動作の場合元の位置に復帰するのは手首の動作でできるが、指が滑って移動した場合は腕全体で元にもどすことになり、これは精度が落ちる。このため、ビブラートを掛けると音程がずれてしまう。このことが筆者のようなクラシックギター経験者がチェロのビブラートで躓く原因になっている場合があるのではないか。
  9. ポジション移動
     ポジション移動は難しい。4ポジションは指板のネックを規準に取れるので少し慣れれば大丈夫だが、他のポジションは規準になるものが無いので難しい。ポジションを覚える方法は筆者の場合、一般的ではないかもしれないが指を決めて(例えば1の指だけで)音階を弾く()ことと開放弦を使わずに音階を弾く練習をすることによった。開放弦を使わずに音階を弾ければ、どんな調でも音階を弾くことができる。普段の練習でも指を決めて半音階も弾く練習をすることで「ポジション」という概念抜きで自由なポジションでの感覚を獲得することができる。そもそも、チェロの4ポジションまでの音は半音階でド♯、レ、レ♯、ミ、ファ、ファ♯、ソ、ソ♯の8個に対応する位置なので、4本の弦で計32個だ。この程度の音と指板の位置は恐らく何度も練習していれば覚えられる。筆者の「指を決めて音階を弾く練習」はそれを狙ったものだ。この練習の結果、1全音あるいは1半音上に行くときに弦を移った場合、押さえる位置は感覚的に掴めるようになった。ただし、これに関しては筆者がギターの経験者であることも有利に働いている可能性は高い。比較的初期から音程を念じてポジションを移動すると結構当たるという経験をした。
     歌を歌う場合、正しい相対音程の声を出すことは多くの人が出来ている。これは「音程差」と「声帯の緊張度の差の感覚」が結びついているということに他ならない。チェロやギターでも同じことで、歌の場合の「声帯の緊張度の差の感覚」がチェロやギターの場合「指板上の移動距離」に当たる。ということはギターで「音程差」と「指板上の移動距離」の感覚が身についていれば、実質的な弦の長さがほぼ同じチェロでも同じ感覚で対応できることになる。これはフレットの有る無しとは関係ない話だ。ネット上で「ギターの経験はチェロに役立つか。」という話題を見ると多くは「ギターにはフレットがあるがチェロには無いので役に立たない。」というものだが、多分、この見解はチェロしかやったことが無い人のものではないか。また、「ギターはフレットの上でなくフレットより音が低い位置を押さえるくせが付いているので、音が低くなる傾向がある。」という人もいるが、この人もチェロしかやったことが無くギターの演奏を見ただけで言っている可能性が高い。筆者の経験では全くそういうことはない。1の指のポジションさえ決まればあとは相対的な間隔の問題なので音程が低い位置を抑えるなどということは全く無い。
     前にも書いたがクラシックギターの実質的な弦の長さとチェロの弦の長さはほぼ同じだし、弦の押さえ方も非常に似ているので、少なくともクラシックギターをカルカッシ教則本に忠実にやって、指板を見ずにフレット間近を押さえる習慣を身に着けてメロディーを弾けるようになっていた人はチェロのポジション移動には比較的容易に対応できると思う。ただし、ギターは各弦の音程差が4度4度4度3度4度なのに対してチェロは全て5度という違いがある。この点はチェロの方が単純なので解りやすい。
     上記のような考え方で練習していると、「ポジション」という概念は筆者にとってほとんど意味が無い。ただし、いわゆる4.5〜7.5ポジションについては、後に述べる。

    () この方法はあまり一般的ではないのではないかと思っていたが、あるヴァイオリンのサイトでポジションの練習の中で推奨していた。筆者のやり方は間違いではないようだ。

  10. 親指ポジション
     親指ポジションは親指を固定したままで1オクターブが弾けるので強力だ。親指の位置を変えるだけでどんな調にも対応できる。親指ポジションは基本的にハイポジションが多いので、半音階も全音階も指番号は1違いになる。このときの指の間隔の感覚の獲得がキーとなる。この間隔は当然ながらポジションによって変る。第1ポジションに対して1オクタ上のポジションでは半分になる(物理法則)。その途中のポジションでは途中の間隔になる。あるポジションでの1全音の間隔から指の感覚として半音の間隔が取れることが必要だ。この辺りも筆者がギターを弾いていたことが多いに役立っている。
     親指ポジションに移るときや他のハイポジションに移るときに重要になるのは、規準になる指の位置だ。規準になる位置として最も確かな位置はフラジオの位置だ。確かにネットのチェロサイトなどを見ると「フラジオの位置を規準にする。」とは書いて/言ってはいるが、その位置はフラジオを出して見ないと判らないので演奏中には役に立たない。
     むしろ、使えるのは4ポジションの4の指の位置だ。多くの場合、ハイポジションに移るのは4ポジションからなので、4ポジションでの小指の位置は感覚的にも掴み易い。
     それ以上のハイポジションの規準位置を演奏中に捉えるのは難しい。多くの人はどうやっているのか。筆者としては親指の位置を変えて親指だけで音階を練習するのが良さそう思えるのだがまだ実験・実践はしていない‥。
     余談になるが、フラジオを弾いて更にその音を指板を押さえて弾く場合には、フラジオのままの位置で押さえると僅かに音が高くなる。これは、弦を押さえることによりフラジオのときより弦長は長くなる(3角形の2辺の和は1辺より長い)ので、それは弦を引き伸ばしたことになり張力は増加する。その分だけ周波数は高くなる。弦が長くなる分、音程は下がるはずだが弦長の変化量はわずかなので無視できる。
     物理法則としては
    f:周波数,ρ:弦の線密度,T:張力,k:比例定数
      f=k√(T/ρ)
    なので、Tが増加すればfが増加する。従って、実際はフラジオのときより僅かにペグ方向に指を下ろす必要がある。プロは無意識にそれをやっているはずなのだが、そのことを明確に説明しているチェロサイトは見たことがない。
     また、親指ポジションのときの親指の形について、親指が弓のように反っていると親指の先端側の弦の音程が下がるので良くない、というようなことを言っているサイトがあるが、そんなことは言うまでもないことで、これは物理を知らなくても解るのでほとんど意味のない注意だ。
  11. [つづく]